18日(土)は、ハワイアンズからつくばに移動。つくばに、小・中・高・大学まで一緒だった友達が住んでいるので、東京に帰る途中に立ち寄ることに。つくばに来るのは、10年前くらいに教授の退官記念パーティーに参加したとき以来になる。あの時は、仕事が終わってから電車とバスで向かったから、あまり景色を見ることはなく、変化を感じなかったけど、今回は車で行ったので、28年前との風景の違いに驚くことばかり。
友達とカフェでランチした後、車で久しぶりに大学に行ってみることに。友達も大学の近くに住んでいるのに、普段なかなか行かないなあと。用事がなければ、案外そんなもんかもね。
東大通りから筑波大学へ向かう道。両サイドの木々がやけに高くて、鬱蒼としている。こんなに高かったかなと。28年も経つと、木も成長してるか。運転していると看板が隠れてしまっていて見にくいらしい。

大学内の道に入ると、余計に木々が鬱蒼としている。両側にあるはずの建物がこんなに見えなかったっけ?と思うくらい。

車を停めて、図書館の近くに歩いて行ってみる。図書館にはスタバができてた。土曜日だったので、食堂が休みということもあり、混雑していた。外国人が多かったなぁ。

図書館を背に、無駄に広い広場を見渡す。今にも雨が降ってきそうな天気。左が第三学群、右が第二学群で悠仁さまが通っている学部がある。悠仁さま影響で、ショートカットルートが閉鎖され、警備が強くなってるらしい。

自転車のルート。どこもこんな感じで道幅が狭くなっていて、さらに坂道になので、授業と授業の合間で、移動が大混雑する。下手したら、授業に間に合わないことも多い。特に体育。朝からジャージを着ていくんだけど、体育専門学群があるから、不思議と違和感がない。悠仁さまも自転車で爆走しているらしい(笑)。SPもどこかにいるんだろうけど、大変だ。

坂を降りて振り返り、池と芝生を見る。三学食堂の定食を、トレイのまま外に持ち出して、芝生の上で食べていたけど、今は雑草だかけになっている。もう暑すぎて無理なのかしら。

車に乗って、芸術学棟へ移動。大学会館への坂道。よく友達はここでスピード出して、ドリフトしてた。タイヤがキュキュキュっと鳴ってたね。

車を芝生のあたりに停めて、大学2年生からお世話になった棟へ。第三学群から転学試験を経て、芸術専門学群へ転入したので。体芸棟はところどころ塗装が剥がれてるけど、雰囲気は変わらず。

中の吹き抜け部分。ここの3階あたりの教室で、学園祭のときにライブをやっていた。頭をぶつけて血を流したのもこのあたり。

デッサンの教室。1年生のときに転学試験のため、デッサンの授業を履修していた。なかなか難しくて、先生から「不思議なタッチの絵を描くね」という評価を受けた。

芸術専門学群の棟。建築の課題で、ずっと一週間泊まり込みで制作していたなぁ。全然課題ができなかったけど。

体育専門学群の棟。右手は体育館。体育館はそこらじゅうにたくさんある。部活ごとに体育館があったのかな。きっとここらへんは、三笘や谷口彰悟も通っていたはず。古くは中山雅史や井原正己、長谷川健太など。

車で移動して、平砂宿舎へ。ここはよく友達が住んでいた場所。1号棟はカラフルに塗られている。

おっと思って歩いて行くと、ボロボロの廃墟が。私がいたときもボロかったけど、さらにボロさが増してる。

そして、五角形の間取りの棟。外から見ると異様な感じ。誰も住んでいないので、ここも廃墟かな。

実際に住んでいた人の記事が面白い。ノルウェーの監獄よりも酷いと話題になった部屋。
五角形の部屋の思い出
友達と酒を飲みながら、恋愛の悩みを聞いていたベンチ。待ち合わせ場所でもあったなあ。

平砂宿舎から車でグルっと北へ移動して、住んでいた一の矢宿舎へ。野球場、陸上競技場、サッカー場などを通りすぎて、第一学群・第二学群の棟、植物園なども通り過ぎて、しばらく道なり。どんだけ遠いんだ。

やっと着いた一の矢宿舎の共用棟。

大学1年生の時に住んでいた棟。外壁がキレイになっていて、思ったよりはボロくなかった。

正面から廻ってみるけど、さすがに中に入る勇気は持てず。昔は簡単に入られて、知らない人が隣に立っていたこともあったらしい。あと、よく乾燥機から下着が盗まれたとか。

共用棟へ行ってみる。なんだかボロさが増してる。

部屋にはシャワーもお風呂もないので、共用棟に洗面器とお風呂セットを持って、毎日来ていた。共同浴場は、入口にオジさんがいて、お金を払って中に入るシステム。オジさんは近所で畑をやっていたらしく、よく採れたての野菜をくれた。偏食だったので、「いいです、いいですー」と言っても、オジさんは「いいから、いいから」と言って茄子をくれて、持って帰ったものの、どうしたら良いかわからず。コンビニで麻婆茄子の素を買って炒めてみたら、「茄子、食べれんじゃーん」となって、一つ野菜嫌いを克服した思い出がある。

そして、ドアを開けて、思い切って中に入ってみる。なんだか時が止まった感じ。あの床屋の看板とか。

右手側のホール。雑然と並べられた家具。使われてなさそう。昔はよくサークルの集まりとかここでやっていた。

共用棟のコンビニと電気屋さんは変わらず。地元から引っ越してきたばかりの初日、ここに来て手続きやら買い物などをしたことをふと思い出す。

食堂はもう営業していないみたい。

入学式が終わって親が帰ったあと、初めて一人でご飯を食べた記憶が甦った。あの頃はかなり人がいて、どこに座ってよいかわからず、窓際に座ったなぁとか。自分が生活していたところが廃墟になると、こんな気持ちになるんだ。

外に出ると、よく引っ越しで利用していたリヤカーが。懐かしい。別の棟に移るとき、宿舎内は車が入れないので、みんなに頼んでリヤカーで荷物を運んだものだ。

よく軍艦島の再現ドラマとかドキュメンタリーを見るのが好きだったけど、こうして自分が生活していたところが廃墟になってしまった場所に立つと、昔の記憶がぶぁーと映像として甦ってきて、現在の風景と重なり合ってしまうような、まるで時を一瞬戻されたような、不思議な感覚に襲われてしまった。きっと軍艦島の人たちもこういう気持ちになるんだなぁ。よくインタビューで思い出話を語っているけど、こういう感覚なのかと。なかなか廃墟になってるという経験はないのかもしれない。